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真田丸跡地に行ってきましたよ

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どうも前回に引き続きナカマ源次郎信繁です。

幸村様の命日にちなんでこの記事をアップしようと思いましたが、諸説アリ(5/7だの、いやそれは旧暦で6/7が本当だの、実は夏の陣では死んでいないだの・・云々)

よく分からなくなってきたので、ぼんやりとこれくらいの時期にアップすることにしました。

きっと慕う気持ちがあれば、問題ないでしょう。

という訳で、真田丸跡地近辺にある三光神社に行ってきました。

 

ええ、もちろん

 

正装赤備え

 

三光神社 

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前回、紹介した大阪城から歩いて行けなくも無いですが、歴史好きでどうしても距離感を体験してみたいという人か体力が有り余って仕方がない脳筋以外は、大人しく電車等で行くことをオススメします。

平日なら、近くに幾つか小さいパーキングがあったので車でも行けるかも。

神社は遠くから見て分かる程に真田一色でしたが、境内もやっぱり真田感満点。 

 

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白い建物は社務所ですが、セコムもビックリな鉄壁の守りで固められています。

 

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立派な銅像があったり

 

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こんな顔出し看板もある。

それにしても、人生で顔を出さない顔出し看板の写真を撮るとは思わなかった。

 

参拝というか聖地巡礼しているグループが居たので同じ真田好きとして真田トークをしたくて、話しかけてみるもイマイチ盛り上がらず・・。

歴史モノはレンジが広くて色んなクラスタが混ざってるので、意外と共通の話題が難しい。

異業種交流会で「IT系のお仕事ですか?私もです!」からの業務内容が違いすぎて、何の共通点も無くフェードアウトしていく感じと似ています。

私のトークスキルが皆無という事はさて置き。

 

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そして、ここがメインとも言える場所「真田の抜穴跡

ここから大阪城まで繋がってるとか・・昔の人は頑張りやさんだと思いました。(小並感)

しかし、しめ縄が飾られているせいか真田十文字槍や蜻蛉切より「獣の槍」の方が似合いそうな雰囲気。

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↑ 三光神社の位置情報はコチラ ↑

 

そして、この神社から徒歩5分くらいのところにある心眼寺の「真田幸村出城跡の碑」に向かう。この出城ってのがモチロン「真田丸」のこと。

心眼寺

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中では何やら関係者らしき人が忙しそうにしていたので、空気読んでチラ見で撤退。

戦前には境内には幸村が鎧を掛けた松の木があったみたいだけど、今はそういうのは無いみたいだし、良しとしよう。 

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↑ 心眼寺の位置情報はコチラ ↑

真田丸跡地

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真田丸は私が立っている横の学校(明星学園)を中心とし約250㎡あり、昔はもっと高い地形だったらしい。場所は心眼寺の目の前。

この辺りは聖地とは言え、至って普通の場所なので、こんな浮かれた写真を撮る際にはご注意を。

ここ周辺をメインとして観光するには少しボリュームが足りないけれど、気軽に周れるので観光プランの1つとして組み込むのはアリかと思います。

ちなみにこのあとの帰り道、小学生の下校時間と被ってしまい顔面も赤備えにしながら帰路につきました。

 

伝え方が9割

伝え方が9割

 

 

おしまい

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